聖書と自己肯定感「自己肯定感を支える3つの習慣」

聖書が語る自己肯定感の土台

ここ何年も、自己肯定感という言葉への注目が増えてきています。自己肯定感とは、別の言葉で表現すると「心の必要が満たされていて自分の存在を証明する必要性を感じない心の状態」「ありのままの自分を尊い存在として肯定的に受け止めることができる心の状態」とも言えます。人との比較で自分を評価するのではなく、そのままの自分で、自分の存在価値を確立できている心の状態です。

自己肯定感が心に確立されている人の生き方は、等身大の自分を喜んで生きています。マイナスともいえるような場面に直面しても、必要以上に落ち込まず、むしろそれらを糧にして成長へと邁進する、そんな柔軟さや強さを備えています。状況がプラスの時も、外部の評価で自分の軸が揺らぐことはないので、傲慢になることもなく、感情も安定しています。

聖書にも、自己肯定感について多くの事が書かれており、【自分という人間には、その存在自体に価値がある】と聖書は私たちに語り続けています。

では、どうしたら、人生の土台となる自己肯定感を自分の中に築いていくことできるのでしょうか?

自分自身への間違った価値観。その価値観に変革をもたらし、歳を重ねるごとに見失っていった自己肯定感を取り戻す方法を、世界一のベストセラーである聖書の知恵から読み解いていきます。

自己肯定感が土台にある人の傾向

  • 自分自身や物事を肯定的に受け止めることができる。ゆえに失敗からも積極的に学ぶ。
  • 自然な意欲で行動できる。(他者の評価を得ようとすることが行動のエネルギーとなっていない)
  • 自信があり感情も安定しているので、なにかといつも心に余裕がある。
  • 自分の人生は自分のものであるという自分軸がしっかりしている。
  • 人の評価にふりまわされない。ゆえに他者の意見も聴くことができる。
  • 自分を尊重できるので他者のことも尊重できる。ゆえにおのずと他者にも優しく人間関係も良好。

メモ:ハーバード大学で12000人以上を対象に30年以上調査したところ、『一人の自己肯定感が確立されていると、その人の家族や友人など普段から接している人の自己肯定感の確立度合が15%上昇し、さらに、その友達の友達の自己肯定感の確立度合が10%上昇した』という結果が出たそうです。自己肯定感が確立されている人は好かれるだけでなく、周りの人の自己肯定感をも確立していくことができるようになるので、良好な人間関係を築きやすくなるとの統計結果もあります。

自己肯定感を確立しにくい環境の実態

自己肯定感は、生まれてからのさまざまな経験をとおして形づくられていきます。特に幼少期の親や身近な人との関係が自己肯定感に大きく影響してきます。周囲の人から、どんな言葉や態度で育てられてきたか。無条件に愛される経験を重ねてきたか。そのことが自己肯定感の土台を育む要素になってきます。

そんな中、自己肯定感をもつことができない日本の若者が多くいることにも目を向けていきたいと思います。

  • いつも誰かと比較され、欠点や足りないところがあれば「直せ」と指摘され続けてきたと感じている中高生は8割近くもいたという統計データがある。
  • 常に好成績、良い学校、良い就職と、「いい子」であることや成功し続けることを求められ、失敗することができないと感じる状況に多くの若者が置かれている。

親や周りの期待に応えようと頑張り続ける中で、失敗しても失敗から学ぶ余裕をもつこともできず、ひたすら「できない自分」を責め続ける環境下に置かれる多くの日本の若者たち。自己肯定感を次第に失っていき、結果として、自己肯定感を持つことができないまま大人になる人が多くいます。

自己肯定感を人生の土台にもつには、どうすればいいのでしょうか?

承認欲求が満たされても自己肯定感は確立できない

心理学者であるアブラハム・マズローが定義した、「承認欲求が満たされれば自己肯定感が満たされる」とする考え方は、セキュラーな心理学の本などに書かれることは多いです。しかし、この承認欲求が満たされれば、自己肯定感が確立されるという理論は間違っています。

マズローは、低いレベルの承認欲求は、他者からの尊敬、地位への渇望、名声、利権、注目などを得るなど、「他者から評価されたい」という思いが満たされれば満たされると語っています。

また、高いレベルでの承認欲求は、自己尊重感、技術や能力の習得、自己信頼感、自立性などを得ることで満たされるとしています。自分自身の評価が重視されるので他者からの評価よりは安定しているからです。

多くのセキュラー心理学の教えでは、マズローがいうような低いレベルの承認欲求である、他者からの承認欲求を脱却して、高いレベルの承認欲求である自己評価での承認欲求を満たすことで、自己肯定感が確立されるというような教えが多くあります。

しかし、ここには落とし穴があります。高いレベルであっても、低いレベルであっても、「承認欲求」とは、実は何かしらの「成果」に基づいた評価となっている点です。他者と自己と評価する対象は変わってはいますが、しかし、どちらにしても、何かしらの「成果」に基づいての評価となってしまっているのです。

つまり、「成果」をあげ続けなければ、「承認欲求」は満たされず、最終的に成果を上げることが強迫観念のようになってしまいます。これは、「存在自体に価値がある」という自己肯定感とは逆の考え方です。

自己肯定感を確立するために、承認欲求を満たすというやり方は、なにかしらの成果を収めることが前提となっているので、「自分という人間には、その存在自体に価値がある」という自己肯定感をかえって低下させてしまうことにつながってしまうのです。

もちろん、承認欲求を満たすこと自体は、より高次な欲求である「自己実現の欲求」につながるので、大切なことではあります。しかし、自己肯定感を確立するために承認欲求を満たすという方法は間違いです。

実は、承認欲求は、自己肯定感が確立されることで満たされます。自己肯定感が確立されれば、その結果として成果や良好な人間関係が生まれてくるので、自己肯定感が確立されなければ、承認欲求は満たされることがないのです。つまり、承認欲求を満たせば、自己肯定感が確立されるというのは、順序が逆になってしまっているのです。

よって、自己肯定感を確立するためにまず第一に、この「承認欲求を満たそうとする」こと…つまり、何かしら成果を上げて自己の評価を上げるという考え方を打破する必要があります。

聖書から読み解く自己肯定感を確立する助けの言葉

では、正しい自己肯定感はどのように確立していけばよいのでしょうか。

私は、聖書の言葉に聴くことをお勧めいたします。長年、牧師として聖書研究をしてきていますが、聖書の中心テーマの一つに自己肯定感があると感じています。聖書は最初から最後まで、自己肯定感を確立するための知恵に満ちています。

聖書にはこのような言葉が書かれてあります。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い。わたしはあなたを愛している」

聖書

この言葉は聖書のテーマを一言で表しています。つまり、「すべての人は、その存在自体に価値がある」ということを、全地を創造した、存在のはじまりである神が、私たち人間の存在自体に価値があると断言している言葉です。

子どものころから、親や周りの大人に、かけがえのない一人の人間としてそのままの存在を愛され、苦しみがあればその苦しみにも共感を得る経験を重ねてくることができたら、自己肯定感も成長します。けれど、肯定感が成長する環境に置かれなかった…というケースも多いのではないでしょうか。

しかし、だからといって絶望するのではなく、神という自分を造った存在が「あなたは高価で尊い存在」であると言っている。この言葉により、私たちは自分自身の中に自己肯定感の土台を築き、自分に与えられた人生をいきいきと生きる希望を見る事ができます。

無条件に愛してくれる存在がいるからこそ、無条件に自分の存在を認めることができる。だから、自分を愛してくれる存在を知ることは、とても大切なことです。それを知ることができる方法の一つは、聖書の言葉にふれることです。

「キリスト」の原語から読み解く「自己肯定感」

聖書の中心的テーマは「キリスト」です。この「キリスト」には、「自己肯定感を確立する」という意味を含んでいます。「キリスト」は日本語で直訳すると「救い主」という意味があります。

また、「キリスト」という言葉には「神、われと共にあり」というもう一つの意味があります。この二つの意味を合わせると「キリスト」とは、「神はともにいて、われらを救いだすお方」という意味になります。これが新旧約聖書の主題である「キリスト」の真意です。

さらに、聖書でいう「神」とは「創造主」です。つまり、「すべての存在の始まり」であり、「すべての存在を創造した」人格的な存在として描かれています。すべての存在を創造した存在は、すべての存在を創造しただけで終わらない存在として描かれています。たとえ、どんな欠けや咎があったとても、創造したすべての存在は、その存在自体に価値があり、そのままで受け止めてくださるお方として描かれています。

さらに、欠けや咎から生ずる問題の解決にも、共に取り組んでくれる存在として描かれています。「キリスト」とは「何があったとしても私たちを価値あるものとして、そのままで受け止めてくださる創造主が、我々の様々な欠けや咎から生ずる課題の解決に、共に取り組み、救を実現する神」ということを意味しています。

どんなに失敗しようとも、我々の存在自体に価値がある…そのことを受け止められるようにしてくださる「キリスト」の存在がテーマになっており、どの時代においても課題とされてきている自己肯定感がテーマとなっています。

「わたしの目にはあなたは高価で尊い、わたしはあなたを愛している」この聖書の言葉の真意を知れば知るほど、「自分の存在は、存在自体に価値がある」という感覚、つまり自己肯定感が育まれます。

聖書から学ぶ自己肯定感を確立するための3つの習慣

聖書に出てくる人物や聖書に触れてきた人達でも、時に自分の存在を受け入れる事に苦労したりと、現代に生きる私たちと同じような苦悩を通ってきました。そこで、そんな彼らも行なってきた、自己肯定感を築いていくための習慣をいくつかあげていきたいと思います。

  • 自分の感情を紙に書きだす習慣→人間だれしも自己肯定感をもつことが難しいときがあります。聖書に出てくる詩編の作者も例外ではありませんでした。そんなとき詩編の作者は自分の不安、悩み、苦しみを書きだしてきました。モヤモヤした感情を書きだし、言語化してみます。そうすると人間の脳(前頭葉という部分)は負の感情を処理しはじめます。そうすることで、私たちの心は負の感情に必要以上に支配されにくくなります。人間は、習慣に左右される生き物でもあるので、感情を書きだす習慣をもつことで、必要以上に自分を責めることをせず、自分を冷静に客観視できる練習をしていきましょう。そういった習慣を身に着けることは、自己肯定感を確立する助けの一部となります。
  • 自分に優しい言葉をかける習慣→何か失敗をしたとき、自分に優しい言葉をかけてしまっては自分を甘やかすことになると考えがちですが、厳しい言葉をかけるより、優しい言葉や自分を励ます言葉を自分にも他者にもかけた場合のほうが、最終的は良い結果を得ることができます。自分を責めて得することはほとんどありません。旧約聖書に箴言という箇所があり、言葉に関することが多く書かれてあります。例えば、「軽率な一言が剣のように刺すこともある。知恵ある人の舌は癒す。」「優しい舌は命の木である、乱暴な言葉は魂を傷つける」「ここちよい言葉は蜂蜜のように魂に甘く、からだを健やかにする」など。自分に優しい言葉をかける習慣は自分の心を癒し、自己肯定感を確立する助けの一部となります。
  • 変えられるものと変えられないものを見分ける習慣→自己肯定感が確立されていないと、「変えられないもの」に自分の心が必要以上に囚われる傾向にあります。例えば、自分が生まれ育った過去のことだったり、身体的特徴の事だったり。けれど、変えられないものを変えようとすることは、余計に自分を苦しめ、自己肯定感をどんどん無くしていってしまいます。等身大の自分をまずは受けいれてみる。そして変えられるものは変えていく。そんな視点をもつ習慣も、自己肯定感を確立する助けの一部となります。ラインホルド・二ーバー牧師の「二ーバーの祈り」をご紹介いたします。

「神よ、変えることのできるものについて、それを変えるだけの勇気をわれらに与えたまえ。変えることのできないものについては、それを受けいれるだけの冷静さを与えたまえ。そして、変えることのできるものと、変えることのできないものとを、識別する知恵を与えたまえ。いっときに、一日だけを生き、いっときに、一瞬だけを喜ぶ。苦しみも平和へ続く道として受け入れ、イエスの如く、この罪深い世界をあるがままに理解して後悔せず 主の意志に身をゆだねれば、すべてをあるべき姿にしてくれると信じて そして、現世では適度の幸福を 来世では、主と共に至高の幸福を感じることができるように。アーメン」

ラインホルド・二ーバー牧師の「二ーバーの祈り」

聖書についての補足:

  • 聖書は、数千年という長い年月をかけて、数十人の筆者によって記され、旧約聖書・新約聖書を通じて主題が「キリスト」で一貫しています。著者同士が話し合ったわけでもないのに、一貫した内容となっていることは本来あり得ないことです。
  • 聖書は過去数千年にわたって読まれてたきた世界的なベストセラーです。1815年~1998年の間だけでも推定3880億冊発刊されています。2000~2020年まで、1年間平均で6億3300万冊が発刊されています。特に、「旧約聖書」に関しては、ユダヤ教とイスラム教も採用している書物でもあるので、人類の半数以上が読んでいる書であり、人類の思想に大きな影響を与えている書物です。なぜ、それだけ多くの人に読まれてきたのでしょうか?それは聖書に触れた多くの人に良い影響を与えてきたからともいえます。それだけ多くの人が支持するほど、聖書の知恵は多くの人の人生を好転させてきたのです。

聖書には、人生の歩みの中で生じる不安や苦難を乗り越える、具体的な知恵が多く記されています。そのことは歴史も証明しています。

次回以降も、日常のあれこれを聖書から読み解いていきたいと思います。ここまでお読みいただきありがとうございました!

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行政書士ときどき牧師のYo-zanでした。お読みいただきありがとうございました!

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